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西方寺について

住職日記

4月18日 本土決戦の戦闘指令所?

どんづる峯地下壕を西嶋さんの案内により私と堺から参加の女性4名により、

探検(見学)する。1945年6月より工事が始まり、終戦の8月15日まで工事が続けられた。

地下壕の中また周りには様々な軍事施設が作られた。地下壕は東・西の2か所分かれて、碁盤の目状の通路(トンネル)構造になっていて、長さは約2キロにもあります。

本土決戦に備えた八尾飛行場関連の臨時の戦闘指令所とも考えられる記載もある

きわめて貴重な戦争遺跡です。西嶋さんの案内でヘルメット・長くつ・懐中電灯・軍手をもっていざ出発。

どんづる峯は二上山の噴火によってできた白い岩、凝灰岩が露出する景勝地。

鶴がたむろしているようにみえるため「どんづる峯」と名がついたと言われている。

足元を気にしながら登っていく

どんづる峯ほ最高地に到着、周りが一望できる。

どんづる峯の麓、西地下壕の入り口に到着

いざ、中に入る。水が溜まっている。石もごろごろ。水がしとしと

直線にして約100m、碁盤上に通路がある。

トロッコにて土砂を運び、通路をつくったようだ。

地下壕の高さは4mぐらいはあるだろう。クーラーの中の肌寒さ

両側はつるはしの跡がある。懐中電灯を照らしながら。

天井を見ると黒い影、「こーもり」がぶらり

当然 数匹が飛んできた。

出口は小さい。無事に探検終了。

ヘルメット姿の帰還姿です。

地下壕は図のように碁盤状の通路

太平洋戦争の遺跡。私たちの身近、香芝市にも戦争があったことを考えさせる貴重な戦争遺跡です。平和を望む私達はこの遺跡を通じて改めて平和とは何かを考えたいものです。

 


春の永代経法要、亡き人とのご縁を通じて仏教のみ教えに触れる法要が実施されました。

コロナ禍がまだ消息しないなか、不安な生活を強いられたいる折、お参りしていただきありがとうございます

倉田先生からは「今、生かされている命、この命を繋ぐ命がある。

あなたのことを引き受ける仏がいる。南無阿弥陀仏 我に任せよ、必ず救う。

なむあみだぶつとこぼれる命。親の御心を聴く法座に出会う。仏になる教えを聴かせていただく。永代経法要の心」

4月8日 お釈迦様のお誕生日、花祭りでした。甘茶をかけるお釈迦さまがおられました。

 

 


桜満開の4月、南禅寺そばの蹴上インクラインから南禅寺裏山の山道、疎水に沿って山科の歩道、山越えから三井寺まで約13キロの行程を歩こう会の仲間と一緒に歩きました。

南禅寺傍の蹴上インクラインは京都の明治近代化の重要な役割を果たしました。高低差約36m 琵琶湖疎水の急斜面を船で運行するために敷設された傾斜鉄道ルートを歩きました。斜面の両側は桜満開。

この疎水の水をたどって山科~三井寺まで桜吹雪・黄色い菜種・杉木立の林間を黙々と歩きました。三井寺も桜に包まれ、はるか彼方に琵琶湖が望むことができました。

この疎水を計画した田辺青年や京都市長・西郷さんの子息さんなど、偉大な事業を推進した人々の思いを改めて知ることができました。