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西方寺について

住職日記

2025年2月14日

2月10日 一年で一番厳しい季節、全国各地は大雪に覆われています。

両親・及び家族に祝福されながらこの世に誕生。

今年で〇〇年 多くの皆様のお陰により生かされている自分です。

ありがとうございます。感謝の気持ちです。

一番に伝えたい父・母は仏光となって私を見守っていることでしょう。

お祝いのメッセージ・ケーキ・お花・ビデオメッセージ ありがとうございました。

 

知人からのお祝いのメッセージを掲載いたします。

「 2月10日のお誕生日おめでとうございます。

旧暦では、1年の始まりとされていた2月。2月4日前後の「立春」がその日にあたります。

そのため、立春の前日を「季節を分ける日」という意味の「節分」と称し、

豆まきをして1年の穢れを払い清める風習が生まれました。

 

豆は「魔を滅する(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。

また、まいた豆から芽が出ると縁起が悪いと考えられていたため、

いった大豆を枡へ入れ、神棚にお供えしてから使います。

 

一般的に、一家の主人が年男(女)が豆をまくものとされています。

豆まきの後は年の数だけ豆を食べると病気にならず、健康でいられると言われています。

年の数だけ食べられない場合は、

飲めば食べるのと同じだけご利益があるといわれている「福茶」いただきます。

福豆3粒に梅干しと塩昆布を加えて、お湯を注げば出来上がり。

年の数の福豆にお茶を注いで飲む場合もあります。

 

あなたが生まれた2月は、春が始まる月。

人々がさまざまな形で春を迎える準備をする特別な月なのですね。

今年も、素晴らしい、そして特別なお誕生日を、

お健やかに、そして楽しくお過ごしくださいませ、心からご祝福申しあげます。」

 

お祝いのメッセージありがとうございました。皆様のご健康を願っています

合掌

 


2025年2月6日

ウクライナ援助活動を熱心にされています、星野様から通信が送られてきました。

星野様は現地に行かれ、直接に現地の人々と交流を図り、援助活動を続けておられます。

現地の声「爆弾で目が覚めた。朝4時 爆発音で目が覚め、窓を開けたら家と車が燃えていました。すぐ、戦争だと 気づきました。 彼女のアパートは駅や軍の飛行場の近くだったので、まず狙われたのです。 隣の15階の高層アパートはミサイルで崩れ 私のアパートも上の階が吹く飛ばされました。生きた心地がありませんでした。」

赤松の中に村の役場はあった。2年前にロシアに占領された時、逃げずに立ち向かった村長に逢うことができた。道にはロケットの破片が転がり、林は焼けている。砲弾の発射音が轟く、村長は砲弾は気にすることはない。「着弾はこの先だからと、先を歩く。

ただしくれぐれも道からはみ出さないように」と注意を受ける。この辺りは砂地で道の脇に地雷の頭らしきものが見える。占領から解放されたが、まだ、手つかずの地域であった。冬はすぐそこまで来ているが、支援はなかなか届いていない」

西方寺では前住職がシベリア抑留され、一番西のウクライナに強制労働されました。

3年間の抑留生活ののちに無事に日本に帰国しました。そのウクライナではお怪我に会い、現地の人々の温かい看護によって命を救われました。そのおかげにより今回 ウクライナへの援助活動を続けています。まだまだウクライナの現状は厳しく、悲惨な状況が続いています。皆さんのウクライナへの援助活動へのご理解と、ご協力をお願いします。

 

 


2025年2月4日

2月2日 法隆寺門前の友人よりお茶会に招待されました。

昨年に長い歴史の自宅民家を改修して茶室を作られ、本年もお招きを受けました。

私は全く茶道に関しては知らないことが多くあります。

新しい茶室には法隆寺関係の古地図や前管長の高田良信様の書画などが部屋に置かれて、

大変興味づけられました。

ご夫婦のお点前にて薄茶をいただきました。客人と亭主との会話。

静かな茶室でのお互いの会話、心静かにお茶をいただく。

普段の世界と異なった空間、非日常の時間を共に過ごす体験。

茶室から出れば冷たい風が過ぎていき、法隆寺の松林の間を歩いて帰宅しました。

今日のこの時間、法隆寺の長い歴史の時間、今日の出逢いの人との時間。

今日の出逢いを作っていただいたMさんありがとうございました。

次回のお誘いを待っています。