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西方寺について

住職日記

私の父も戦後シベリア・ウクライナに抑留。3年の抑留ののち、帰国した。

大戦後、約60万人の日本人がシベリア・ウクライナの強制収容所に不当に抑留された。あまりにも残酷な日々に誰もが絶望する状況下において、生きることへの希望を捨てなかった人物がいた。

零下40度を超える厳寒のシベリアで死と隣り合わせの日々を過ごしながら、家族を思い、仲間を思い、希望を胸に懸命に生きる男が実在した。

「生きる希望をすててはいけません。帰国の日は必ずやって来ます」

強制収容所の劣悪な環境により栄養失調で死に逝く者。

仲間思いの行動とその力強い信念で多くの抑留者たちの心に希望の灯をともした。しかし、山本は病魔に侵され帰国はできなかったが、彼の思いが家族のもとに届けられる。

父は84歳の時に過酷な抑留生活を本に著した。

シベリア・ウクライナ抑留記「命めぐまれ、今を生きる」94歳に亡くなった。今年で10年である。まさに父の本の記述と同じである。厳しい抑留生活と強制労働。仲間が次々に亡くなっていく。希望を捨てずに、家族への思いを強く持って耐え忍び、無事に帰国した。

遺書を記憶したように、筆記用具なし、日時もわからないない中で、84歳にて、鮮明に当時の思いを書いた。戦争の悲惨さ・平和への強い思いを多くに人に知ってもらいたかったと思う。11月に父が帰国した舞鶴港を訪れた。父は舞鶴港への帰国、その時の喜びは一生忘れることがない感動であったと記している。

父はシベリア抑留の一番の西、ウクライナに抑留。原発の都市、ザボロージェで抑留を強いられ、最後の帰国者であった。ザボロージェでは生死を分ける大事故に遭遇するがウクライナ人の温かい看護によって命は救われた。ウクライナの温かい国民性は忘れてならない。 ぜひ この映画鑑賞を通じて、「辛く、悲しく、苦しいこともありますが、未来に向けて人間にとって大切なものは何かを教えてくれるものがある」と思います。

「 ラーゲより 愛を込めて 」  映画を観てください

 

 

 

 

 

 


2022年12月23日

99歳のお母さんの葬儀を西方寺の本堂にて行いました。

ご長男さん夫婦によって自宅で介護されていました。

数年前から寝たっきりとなり、お食事のお世話から、日常すべてのことをご夫婦によってすべて介護されました。

当日も朝、奥さんのお世話中に様子がおかしくなり、ご主人も傍にて見守られながら、静かに・穏やかに亡くなられたそうです。

お母さんのご主人もお寺にて葬儀をしたため、私もお寺での葬儀を希望されていました。

法名は「釋刹壽」{刹とはお寺の意味・阿弥陀様の智慧と慈悲に恵まれてお浄土に生まれる}

家族のみによる少人数の葬儀でしたが、ゆったりとして、お母さんを静かに心穏やかに送る葬儀でした。

最後のお別れにて長男さんの奥さんは「長い間、ありがとうございました。」涙を流しながら、感謝のお気持ちを亡き義母に伝えておられました。

お母さんに対する介護は大変なご苦労があったと思います。お割れの言葉は心に残る言葉でした。

最近は病院にて亡くなる人が多いですが、自宅で息子夫婦に見守れてお浄土に還って行かれた。最後は幸せな人生を送られたのではないでしょうか。

お寺での葬儀。み仏の光に包まれた本堂。み仏に抱かれたお母さん。

 


2022年12月5日

奈良の天理 奈良盆地を一望する竜王山に登山。

山の辺の道から仰ぎ見る青垣の山々で一番高い山。

中世の豪族、十市氏が築いた大和を代表する山城跡。

古墳の間を過ぎ、紅葉の木々に包まれた林道を登ると、竜王山。

標高586m 山頂には南城跡、二上山を正面として葛城・金剛・大和三山・

生駒・ 遙か神戸から六甲・明石大橋が望める。

出発 天理トレイルセンター

崇神天皇陵をすぎる

遙かかなたに二上山が見える

竜王山山頂(南城跡)フィールド用具・木製ベンチ

二上山・葛城・金剛・ 向こうに明石海峡

山頂広場、紅葉の絨毯

森林浴を楽しむ登山道、

長岳寺の紅葉