古都 奈良の当麻の里、良福寺は『往生要集』を著した源信誕生の地といわれ、古来より神仏の山と崇められた二上山の夕日が最も美しい田園地帯であり、浄土教思想に思いを巡らす、のどかな香り漂う風景があります。五木寛之氏の小説『親鸞』にも、親鸞が二上山の夕日のすばらしさに感動し、お念仏を唱えるという表現が記載されています。
その山麓に位置するのが良福寺奥院西方寺です。この地が良福寺という地名から古来、いくつかの寺院が創建されていましたが兵火や災害などにより荒廃し、西方寺のみが残存したと伝承されています。その後、鎌倉時代に真言宗寺院として、人々の信仰のよりどころとして発展しました。
江戸時代、この地方は大和郡山藩領となり、西方寺は村の惣道場として篤い信仰心に支えられてきました。江戸初期、郡山藩主、本多氏の菩提を弔うために勘定奉行西本諦順が西方寺に入寺し、浄土真宗に改宗して初代住職となり、現在 第14世 西本諦雄(辰雄)が住職を勤めています。
荘厳な本堂内での家族葬儀や法事など、どなた様にも利用していただけます。 永代納骨堂につきましてもご相談を受け付けています。
夕日が美しい二上山を望む西方寺墓地にあり、お墓を守る人がいない方や菩提寺が遠方の方などにもご安心いただけます。仏事、葬儀・法事等の出仕(読経)、永代納骨・永代供養墓・一般墓地など受け付けています。
お寺は心のオアシスである「南無阿弥陀仏のこころ限りなきいのちが私を呼び、いま私を照らしている」人としてこの恵まれた「いのち」それぞれが光輝く人生を送ってほしいと願っています。「苦しい時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、皆様と共にお寺で悲しみや喜びを阿弥陀さまとともに味わっていく場が西方寺だと考えています。
私はいったい何のためにここに存在しているのだろうか私は何のために生まれ、生きているのだろうか人は愛する人と別れ、一人ぼっちになった時、大事なものを失った時 未来が見えなくなった時 自己の存在がすべてなくなったことを体験します。その解決を求める苦しさの中で、人は本当に大切なものは何かを気づき、真実の生き方を希求する。
苦しみ、悲しみの中で人はどのように生きていくべきか、親鸞さまのみ教えを通じて真実の生き方を見つめましょう。「心のオアシス」たる聞法の寺院として、ご家族・ご夫婦皆様で西方寺にお立ち寄りください。